やりたい仕事

 扶桑社ミステリーが90年代前半に出した印象的なアンソロジーがある。「ウーマン・オブ・ミステリー1」「同2」の2冊だ。すでに流通してなくて、楽天ブックスには商品ページすらないというテイタラクなので、Amazonにリンクしたけどもさ。書影もないので手持ちのを撮ってみた。こうしてみると、シリーズとして装丁を揃えようなんてまったく考えてなかったのだなあと。

 で、このアンソロジーはいわゆる「3F小説」──女性作家が書いた、女性が主人公の、女性読者向けの作品を集めたもの。Fってのはfemaleの頭文字ですね。
 あたしは、大好きなショーン・ヘスのマゴディ町ローカル事件簿シリーズ(訳出の続きを熱望!)の短編が収録されてると聞いて取り寄せたんだが、その他の書き手もすごいのよ。メアリ・ヒギンス・クラーク、サラ・パレツキー、フェイ・ケラーマン、アマンダ・クロス、ルース・レンデル、ギリアン・ロバーツ、S.J.ローザン(リディア&ビルですよ奥さん!
「夜の試写会」にも入ってないやつですよ!)などなど、錚々たる顔ぶれ。どうして品切れのままなんだろうなあ、もったいない。

 小説としてのタイプは多岐にわたってるけど、いずれもミステリ。ヒロインには警官もいれば私立探偵もいるし、キャビンアテンダントに海兵隊員、そして主婦、キャスター、教師。コージーもあればスパイ物もあり、サスペンスもロマンもある。百花繚乱とはこのことだ。

 そしてどの作品も、舞台やジャンルは違えど、ヒロインがそれぞれ自分の筋を通そうとする物語であるところに注目。いろんな意味で〈強い女性〉が描かれている。すべてがそうとは言わないけど(サイコサスペンス的なものやブラックなやつはちょっと違うから)、自分の持ち場をしっかりと守る女性たちが生き生きと描かれている。それも「フィクションのヒロイン」ではなく
生活者としての女性。国が違っても、職業は違っても、みんな同じだよねという気持ちになる。登場人物にエールを送りたくなり、そして登場人物からエールを貰える、そんな〈女性による女性のための〉アンソロジー。

 どうしてそんな20年も前の文庫の紹介をしてるかというと──
こういうのが読みたいのに、日本にはないのよ! 以前、光文社文庫で山前譲さんが編まれた「女性ミステリー作家傑作選」があるけど、あれは「日本にはこんなに素晴らしい女性作家がいるんですよ」というところにフォーカスされたもので、〈女性読者のための女性の物語〉ではなかった。なぜかサイコなものが多かったりしたし。

 日本にはなかなか系統だった「コージー」というジャンルは根付いてないのが現実だけど、書き手はいるのよね。作品もあるのよね。あ、コージーって言葉を使ったけど、それだけじゃなくて、サスペンスや警察小説、本格まで入れてもいい。要は、
読者が自己投影できるような、読者がロールモデルにしたくなるような、生活者として描かれているヒロインで、寝る前に一編ずつ読んで「たいへんなことはいろいろあるけど、明日も元気に頑張ろう!」と思えるような作品で、それでいてミステリとしてもレベルが高いもの。そういう作品を集めた女性読者のためのミステリ・アンソロジーって、読みたくない?

 てなことを
ツイッターに書いたらば、思いのほかたくさんの反響を戴いて驚いた。多いんじゃん読みたいって人! 思えばヴィレッジ・ブックスやRHブックスのコージーだのロマンティックミステリだのって、けっこうな固定読者がついてるんだよね。いわゆる〈読書マニア〉とは層が違うから大きな声にはならないだけで。女性向けの、気軽に読める短編集で、でも中身はしっかりしたものって、需要がありそうじゃないか。

 これはやりたい。編みたい。編みたいなあ。編みたいと網タイツはちょっと似てる。そんなこたあともかく。ツイッターやメールで「出してください」という声をたくさん頂戴したのに気を良くしたものの、出してくれるところがないと話にならないので、ちょっと働きかけてみようかと思います。あ、ここにも書いておこう。「ウーマン・オブ・ミステリー日本版」に興味のある編集さん、いませんか?

 なお、
「ウーマン・オブ・ミステリー1」の編者であるシンシア・マンソンさんは、他にも「本の殺人事件簿I」「同 II」というアンソロジーを編まれていて、こっちもあんた、本にまつわるミステリというお好きな方にはたまらないテーマで、しかも書き手がマイクル・リューインだのマーガレット・マロンだのセイヤーズだのレンデルだのローレンス・ブロックだのプロンジーニだのマイクル・イネスだの、これもまたお好きな方にはたまらないラインナップで、つまるところ、何から何までお好きな方にはたまらないアンソロジーなのだが、品切れです。ぐすん。
 こうしてみると、シンシア・マンソンさんて、いい仕事してるなあ。羨ましい。他にも猫ミスやクリスマスミステリーのアンソロジーも編んでいるとのこと。