「蛻」と尾張藩

 
 直木賞候補作、犬飼六岐「蛻」を読む。びっくりした。
 いやあ、この設定、江戸時代を舞台にした特殊状況のクローズドサークル、しかも連続殺人じゃないか! めちゃくちゃ本格設定だがや。本編はフーダニットよりも閉鎖状況での人間模様がメインになってて、それはそれでもちろん読み応え満点だったのだが、同じ設定で誰か本格プロパーの人が書いてみないかなあ。

 話は、八代将軍吉宗の時代──というより尾張藩主が徳川宗春だった時代。尾張藩の江戸下屋敷の敷地内に実在したという、「宿場町をリアルに再現した観光スポット」で殺人事件が起きるというもの。将軍家や大名家の接待のために、「下々の者が暮らしている様子をリアルに見物できる」という場所を作ったんだそうだ。
 そこから先の本書の設定は著者の創作だろうが、
尾張藩下屋敷の庭園にこういう「宿場町&町民生活再現」趣向があったのは事実のようで。つまり、これってテーマパークじゃないか。

 作ったのは二代藩主・徳川光友公。……何考えてたんだろうこの殿様。尾張の殿様と言えば、風雲児・宗春がその放埒且つスットンキョーなキャラ&悲運で有名だけど、どうしてなかなか二代様も数奇者でいらっしゃる……。自分ちの庭に、日光江戸村や志摩スペイン村を作るようなもんだぞ。

 この庭園については、小寺武久
「尾張藩江戸下屋敷の謎 虚構の町を持つ大名庭園」(中央公論新社)という本が出ているようなので、とりよせ──ようとしたら品切れだった。読んでみたいなあ。「蛻」が直木賞をとったら復刊されたりしないかしら。

 と言いつつ、あたしの予想は道尾秀介
「月と蟹」(文藝春秋)の一点買いなんですが。木内昇「漂砂のうたう」(集英社)も期待はしてるんだけどなー。木内さんはとてもステキな新選組小説を書かれた方なので、個人的に応援しております。

 ところで、もしあたしが大富豪で自宅の庭にこの手のものを作るとしたら──ジャニーズの合宿所か、昇竜館かな。いや、どっちも中身が好きなんだから、建物じゃ意味ないわ。