初めてのパーティ・立志編

 ということで、上京の途につく。
 新幹線のチケットもホテルの予約も悪友・
黒田研二が自分の分と一緒に手配してくれたため、あたしはとりあえず彼に着いて行けばいい、ということになっている。だからルートも予定も何も考えず、ただ黒田に言われるがままに、12時15分、名古屋駅の新幹線改札で待ち合わせ。

 新幹線に乗るのは3年ぶりだが、パソコン用の電源はあるし無線でネットもできるしで、快適この上ない。今日〆切の文庫解説がまだ出来てなかった(こらこら)のだが、ここで書けるじゃないか。
 ……まあ、それで実際に書くかどうかはまた別の話なんだが。

 「東京に着いたら、キミ、どうするの。俺は本格ミステリ作家クラブの
  執行会議があるから、そっちに行っちゃうけど」
 「4時過ぎにホテルエドモントで人と会う約束があるから、直接ホテルに行く」
 「じゃあ俺も飯田橋(ホテルの最寄り駅)で乗り換えだから、そこまで一緒に行こう」
 「え、あたし東京駅からタクシーで行くつもりだったんだけど」
 「もったいないよ。乗り換えも簡単だし、連れてくから大丈夫だよ」
 「だってホテルと駅って、ちょっと離れてるじゃん。迷いそうなんだよね」
 「迷うかなあ、うーん、確かにキミなら迷うかも……でも地図もあるから」

 東京駅につき、なんとなく黒田についていき、なんとなく在来線に乗る。お茶の水で乗り換え。まだ不安なあたしは「ここで外に出てタクシー乗る。飯田橋の駅からタクシーじゃあ近過ぎるし」と言ってみた。しかし、「何言ってんの、ここまできてタクシーなんか逆に時間かかるよ」と言われ、そのままホームに入ってきた電車に乗る。確かに飯田橋にはすぐ着いた。が。

 飯田橋のホームにて、「で、これからあたしはどっちに向かえばいいの」と尋ねる。
 パーティ招待状に同封されていた地図をあたしに渡しながら、周囲を一瞥し、おもむろに「こっち」と一方向を指差す黒田。

 「こっちだね。ほら、地図がこうで、ホテルここだし。
  で、いつもパーティのあとで俺らが二次会で使う居酒屋があのビルのあたり」
 「あ、ここから見える、居酒屋が入ってるあのビル?」
 「そうそう、だいたいあの辺で飲んでる」

 そうか、方向が分かれば、あとは地図があるし、入る道さえ間違わなければ1本だし、大きなホテルなんだから近くに行けば建物の雰囲気でわかるだろう。
 ギリギリまで「そっちだからな、ぐるっと回ったりしないで、まっすぐそっちから出ろよ」という黒田のアドバイスを背中に受けながら、駅の外に出た。

 自分は方向感覚に優れている、とは決して思わない。てか、むしろいわゆる方向音痴の部類に入ると思う。ただ致命的というほどではない、と思う。しかしここに別の不安要素がある。
 あたしの取り柄は決断力と実行力なのだ。
 想像してみて戴きたい。
決断力と実行力のある方向音痴とはどんなものか。
 このときあたしは何の疑いも抱かず、毎年来てる黒田が言うのだからと進む方向を決断した。そしていっさい迷うことなく、彼が指差した方向にそのままスタスタ歩き出した。
 立ち止まらず、振り返らず、ただ前を向いて、歩き出した。

 タイムマシンがあれば、このときの自分に言いに行きたい。
 立ち止まれ。振り返れ。後ろを向け。
 てか、16年もつきあってきて、黒田がどういうヤツかよく知っている筈なのに、なぜ信じた?

 飯田橋駅前の歩道橋と言えば、新井素子
『……絶句』でタコになったやつじゃなかったっけ? などと懐かしく思い出しながら歩道橋を渡る。ホテルエドモントを知ってる人はこの時点であたしの間違いに気付くであろう。
 新井素子、むさぼるように読んだよなあ。『……絶句』は、拓ちゃんの超能力のおかげで、飯田橋の時空が歪むという話だったよね。そうか、これがその場所なのか。じゃあ第13あかねマンションもどっかこのへんなんだな。ホントに時空歪んでたりしてな。歩道橋降りたらアフリカで、日本文学に詳しいライオンさんがいたりしてな。うわははは。

 さすがにアフリカではなかった。しかし、飯田橋の時空はホントに歪んでいた。
 それをこのあと、あたしは身を以て体験することとなる。
 ……まあ、歪んでいたのは時空じゃなくて、黒田の方向感覚だったことが後にわかるだけだが。

続く。