初めてのパーティ・怒濤編

前回までのあらすじ1

 17時半、ホテルの部屋で今日〆切の文庫解説を書き上げ、送信。てか、その担当編集さんとは30分後にパーティで会うんだが、まあとりあえず〆切は守ったよ。
 と同時に、会議を終えた黒田からホテルに入ったと電話が来た。ソッコーで部屋に呼びつける。その後の展開はご想像にお任せします。ただ、文章で身を立てる者として、罵詈雑言の100や200はすぐに思いつくとだけ言っておきましょう。文学的な責め言葉からアバンギャルドな貶し文句まで、時と場合と相手に応じてよりどりみどり。それが文筆業。

 しかし今からまた黒田の世話にならねばならんので、本来なら10の力で責め立てるところを7くらいに割り引く。なんせ今から鮎川哲也賞のパーティ。初めてのパーティ。右も左もわからないパーティ。水先案内人無しでは段取りが何一つわからず、やってはいけないときに、やってはいけないところで、やってはいけないことをしそうな気がする。てか、だいたいあたしはそういうことをやりがち。
 何より、文字でしか交流の無い作家さんに挨拶するには、誰かに仲介してもらうしかないのだ。
太田忠司さんもいるはずなのだが、人が多過ぎてどこだかわからない。黒田に頼る以外の選択肢がないのである。

 受付を見よう見まねで済ませ、会場へ。とにかくもう、どっから沸いてきたんだというくらい人が多い。満員電車のような人の向こうで、どうやら北村薫さんや辻真先さんによる選評が述べられているようだが、ぜんぜん見えない。Ustで見てる人の方が状況を掴んでたんじゃなかろうか。

 乾杯が終わったら、お仕事させて戴いた作家さんを探して黒田に紹介してもらってご挨拶を──と思っていたのだが、選評や表彰の間に死ぬほどおなかがすいたので、まずは食べる。食事、めっちゃ豪華。和牛ステーキにフォアグラのコロッケ、寿司、あと何だかわかんないけど上等そうなオードブル系。ドリンクもいろいろで、鮎川哲也賞ってことで「赤い密室」「青い密室」「鬼貫スペシャル」と名付けられたカクテルまで用意されていた。「鬼貫スペシャル」がノンアルコールのソフトドリンクだったのは、きっと鬼貫警部が糖尿病を患っていたことにちなんだのだろう。<そうか?

 そしていよいよ挨拶の行脚に出る。黒田には「あたしが文庫解説書いた作家さんに紹介して。仕事したことない人は、あたしのこと知らないと思うから」とあらかじめ釘を刺しておいた。縁のない作家さんに紹介されて「……誰?」という反応されたら悲しいもの。
 したらばさ、あれほど言っていたというのにいきなり「あ、山口芳宏さんだ! 山口さん山口さん、これ大矢。知ってますよね?」と背中を押される。いや、だから、知らない人に「知ってますよね」って言っても、向こうだって困るだろうがよ!

 「ああ、大矢さん。っていうか、箱崎さんですよね? nifty時代の」

 へ? あたしのパソコン通信時代のハンドルをご存知なの? ってことはFSUIRIの人だったのか山口さん。まあ、とまれ「誰?」的反応をされずに済んで良かった。でも黒田、くれぐれもあたしが仕事をした相手だけを紹

 「あ、有栖川さん、これ、大矢博子です!」

 だーかーらーっ!
 ところが意外にして光栄なことに、有栖川有栖さんもあたしのことをご存知だそうで、とっさに「やべえ」と思う。<なんで? しかも「初めてじゃないですよね。初めてでしたっけ?」と言われた。初めてです。てか、まえに座談会の仕事で法月綸太郎さんにお会いしたときも同じこと言われたんだよな……。このあたりの方々は、いったい誰とあたしを間違えてるんだろう。あるいはあたしのドッペルゲンガーが会ってるんだろうか。失礼なことしませんでしたかそのドッペルは。それ、あたしじゃないですからね。

 そして黒田に向き直る。とにかく! ホントに! 心臓に悪いから! 相手にも失礼だから! あたしが! 仕事した相手とだけ! 選んで! 探して! 紹介し

 「あ、電話だ。ちょっとゴメン、俺ちょっと外出るからテキト〜にしてて」

 衝動殺人、という事件が起きる経緯を全身で理解した気がする。

 まあそれでもなんとか黒田がいるうちに、愛川晶さん、東川篤哉さんといった正真正銘仕事相手にもご挨拶できたし、同じ雑誌に書いてたこともある大森望さん(「なまもの!」の初期から読んで下さっていたそうだ。がーん! まさか拙サイトをご存知だとは思わなかった)や杉江松恋さんにもご挨拶できた。
 編集さんにもご挨拶。まさに今日〆切だった講談社文庫のOさんとK嬢に「さっき送りましたから!」と報告。このK嬢、今年の新人だそうだが、なんと高校時代から「なまもの!」を読んでくださっていて、「編集者になったら大矢さんと仕事する」とずっと思っていてくれたのだそうだ。感動だなあ。そしてそれを実現させたんだなあ。すごいなあ。でももうちょっと大きな夢を持ってもいいんじゃないかなあ。
 文藝春秋の編集にして「中日の試合を生観戦すると絶対中日が負ける」という負け神・B嬢にも出会えたので、名刺を交換する間ももどかしく「CSは絶対に見に来るな」と釘を刺す。

 そうそう、今や書評家としてご活躍のフクさんや、実行力ある書店員としてその名を馳せる政宗さんにも、黒田を介して御挨拶できた。このあたり、個人がホームページを持ち始めた黎明期からミステリ系書評サイトをやっていた面々。初対面なのだが、ぜんぜん初対面という感じがしない。

 その間、黒田は憧れの魔夜峰央先生(そうです出席してらしたんです!)に挨拶に行き、以前イラストを描いていただくという幸運に恵まれた
「嘘つきパズル」の御礼を言ったはいいが、魔夜先生本人はその仕事のことをまるっきり覚えてなかった、という事実に直面していた。天網恢々、疎にして漏らさず。
 魔夜先生の奥様が横から「ほら、あのオカマが出て来る話よ」と耳打ちし、「ああ、あの気持ち悪いやつか」とようやく思い出してもらえたようで、本人もほっとしていた。が、そんな思い出され方でほっとしていいのか黒田。

 てなことを言ってる間に「じゃ、ちょっと出てくるから」と黒田が行ってしまった。すぐ戻るとは言っていたが、ひとりでは俄然心細くなる。どうしようかなあ。とりあえず酒でも飲むかなあ。でもこじゃれたカクテルやワインばかりで、芋焼酎とかなさそうだよなあ。
 そう思って顔を巡らせたとき──あっ、
太田忠司さんだ! よかった太田さんがいた! 外国で日本人に会ったときのような感動で太田さんに駆け寄る。誰もいなかったら抱きついていたかもしれん。

 ここから挨拶回り第2弾が始まるのであった。

続く。